サイトアイコン Junichi Shindoh, MD, PhD

ベイズ推論

先日、とある医学雑誌からの依頼で私のオリジナルの概念である”oncological optimization”について概説する原稿を書いた。

2013年からありがたい機会を沢山いただき、講演を多数行ってきたが(はじめは卒後10年目の若造だったわけだが)、私の臨床の売りでもある「不可能を可能にする外科治療」とは何ぞや?ということに関して、どうわかりやすく伝えるか。化学療法のゴールの違いをどう説明するか。Oncological optimizationとはその中で考え出した概念である。

私は若気の至りで無謀な外科治療をしてきたわけではなく、そこには自分が修練の場で見てきたこと、アカデミアで考えてきたこと、それらに基づくきちんとした技術と理論の背景がある。独立して7年目になり、自分が先輩たちの臨床を引き継ぎ、やってきたことの正しさを証明する結果が出てきている(HP治療成績参照)。

以前、外科学会のディベートで、私と同じようなアグレッシブな治療をされている大御所の一人と戦ったことがある。会場は超満員で非常に盛り上がった覚えがある。今、動画を見返してもクソ生意気だなと思うが(笑)、我ながら結構正論を言っている。

我々の臨床は、エビデンス、エビデンスと言われるが、外科の領域のエビデンスはあっても薬の選択や使い方に関するものくらいで、手術の方法や、適応の考え方、タイミング、フォローの仕方、後続の治療、それらは外科医によって異なっている。我々が治療しているのは生存曲線ではなく、生身の人間である。下の医者にもよく言っているが、初診時にその人の運命はわからない。どのような経過をたどるのか。手術は比較的簡単で予後もよいだろうと予想された人でも、ものすごく悪性度の高い癌ですぐに亡くなってしまう人もいるし、逆に手術は絶対に無理だと思われても化学療法が良く当たれば次のチャンスが生まれることもある。人によってがんの診療経過は全く違う。だからtailored medicineである。現在の状態や時間経過で追加された情報をアップデートしながら、次の選択をしていく。良かれと思うことを、確率の高い臨床判断を重ねていく。それはベイズ推論に他ならない。そこまでにたどったその人の経過が次の治療の生存確率を教えてくれるのであって、初診時に運命や生存率がわかるものではないのだ。そいういう意味で、stage IVの患者全員に初診の時点で余命はこのくらいとか、身辺整理をしろとか、先のことを考えておいたほうがよいとか、DNRをルーチンにとるとか、気持ち悪くて私には言えないし、できない。むしろ正しくない。

大腸癌肝転移は手術だけで治ってしまう人もいるが、根治確率は腫瘍の大きさや数、同時性転移、その他さまざまな臨床因子に影響を受ける。そこで手術の意義が本当にある人を選び出し、手術を受けてもらうこと。逆に手術をすると予後やQOLを悪くしてしまうリスクが高い人へのムダな手術を避けること。それが目の前の患者集団全体の予後を改善するために重要な視点である。外科医だから手術をしたがっているのでしょう?というのは誤りである。できればやりたくない。しかし、自分たちが命をかけて手術をして、根治や予後の大幅な改善が得られる可能性が高いのであればやるべきだと思っている。今日もChild Cの患者の拡大胆摘をやった。他の施設では絶対にやってくれないだろう。しかし、誰よりもきつい症例を何百とみてきた分、そういう症例を元気に帰すための独自のノウハウがある。条件に照らし合わせて、生かして帰せる自信があれば私のチームではgoである。ベイズ推論による可能性の追求が私の臨床そのもの。毎日自分の首をかけて闘っているし、それがなければ自分の存在意義などない。外科医それぞれに理想やこだわりはあるのであって、代理の効く外科医ではつまらない。

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