サイトアイコン Junichi Shindoh, MD, PhD

一貫したストーリーを持つこと

患者さん向けのサイトだがなぜか医療者の訪問も多いので
今回は少し医療者向け(レジデント向け)のお話。

私は肝胆膵外科医であると同時に解剖学者でもある(自称)。
肝胆膵外科の中での専門は何ですか?と尋ねられたら「肝臓の外科解剖です」と答える。
私の本当の専門は抗がん剤や手術手技そのものではない。
精緻な解剖の知識に立脚した手術が誰にも真似できない自分の強みであると思っているし、学位も解剖で取得した。

大学院といえば通常は基礎研究の成果で学位を取得することが多いが、我々の頃の東大第二外科は臨床研究での学位取得が主だったので、様々なデバイスの効果をRCTで検証したり、新規造影剤を使った超音波、ICG蛍光法など実臨床に直結するネタで学位を取得する人が多かった。それぞれのテーマには研究チームがあって、一つのテーマに集中する人もいれば、複数を掛け持ちする人もいる。私自身は現在の肝臓外科臨床に欠かせない3Dシミュレーション技術や超音波造影剤を用いた術中診断などに携わってきたが、大学院入学当時はまだnの小さいpreliminaryなレポートしか書けなかったし、そもそも自分のオリジナルのアイディアではないし、上からもらった既存の薬剤やデバイスの効果を検証するだけの仕事よりも、もっとオリジナリティのあることをしたいと思っていた。

肝臓の3Dシミュレーション技法は研修医時代に当時のオーベンにお願いして教えてもらい、夜な夜なカンファランスルームの端末で画像を作成していた。國土先生が助教授時代に術中に思い付きで行ったin situ hepatic vein graftによる中肝静脈再建(Shindoh J, Hepatogastroenterol 2007)で得た知見を拡張し、生体肝移植ドナーの脈管解剖の検討を独自に始め、幕内先生に直接指導を受けながら研修医時代には左肝静脈の解剖に関する論文をすでに発表していた(Shindoh J, Hepatogastroenterol 2006)。研修医1年目だろうが容赦なく対等に扱ってくれたことが有難かった。それが現在につながる3Dシミュレーションを用いた解剖研究の先駆けである。left superficial veinが太い時はS2が大きいという(今考えると大したことのない)業績をもとに、left superficial veinのことをShindoh’s veinと呼んでくれる人達もいる。その後自分が集めた膨大な静脈灌流領域のvolume dataは、現在駒込病院にいる谷圭吾先生がvenous drainage mapという形でまとめてくれた。

肝移植ドナーの術前評価では、精密な脈管解剖の評価のもとに、実際の手術計画が立てられる。3Dを始めて画像を眺めていて感じたことは、自分たちが2次元のCT画像やエコー所見から思い描いていた脈管解剖と3Dでみた実際の解剖はだいぶ様相が異なるということであった。教科書の絵も全くでたらめであることも分かった。肝区域の検討は従来、鋳型標本や解剖所見をもとに検討されてきたが、各脈管支配領域の精密な三次元的形状や周囲の脈管との関係についてはそれまで知る術がなかった。体積の計算についても同様である。3Dシミュレーションはこれまでに不可能であったvolumeという概念をもって、新しい角度からの解剖研究に応用できることに気づき、それが私の初めの仕事になった。当時解剖の研究は誰もやっている人がいなかったので、自分で勝手に解剖チームを立ち上げ、一人で研究に没頭した。

さまざまな事象の証明のために19世紀の論文から振り返り、必要があれば自分で道具を作り、興味深い知見を色々と明らかにした。現在広く臨床で用いられているCouinaudの理論は”practicalである”という観点からはよくできている。これは必ずしも解剖学的な正しさを100%追及しているわけではなく、ヒトの肝臓の形態学的視点に立ち、臨床的な観点からうまく仕上げられた理論であると言える。一方で、比較解剖学から肝の脈管構造を正確にとらえたのはスウェーデンの解剖学者であるHjortsjoの理論である。血流動態という観点からはHjortsjoの方が解釈は正しい。複雑なのでここでは詳細は書かないが、発生学的視点からも、私の3Dによる検証からもHjortsjoの理論の方が肝の血流動態を考える上では正確である。

発生学的なエビデンス、3Dから検証した形態学的な解析結果、それらをもってCouinaudの肝区域理論、Hjortsjoの肝区域理論の検証を行い、現在の肝臓外科臨床にfitする妥当な区域理論の検討を行ったのが私の学位論文の主たる部分である。主観的な部分を極力排除し、客観的なデータを集め、必要とあらば新しい画像解析手法を1から作り出し、右側肝円索症例の区域解剖の謎を解き明かしたり、系統的切除で求められる「系統性」の範囲を1200例を超えるカルテレビューから検証したり、さらにその臨床的意義を示したり。それはまさに複雑な肝切除術や高度肝機能障害に対する高リスクの肝切除術を行っていく上での基礎となっている知識であり、どの教科書にも書いていない。何年もかけて一人で試行錯誤を重ねて一般化された解剖理論に従えば、誰も出会ったことのないレアな解剖学的変異を見つけても大抵は発生学的見地からの理由付けができるし、それが手術手技にどのような影響を及ぼすかはすぐにわかる。私の現在の臨床はそうした解剖学的な裏付けで成り立っており、それが新しい手術手技の開発にもつながるし、安全限界の検証の基礎ともなる。

手術手技の効果、安全切除限界、肝機能評価、化学療法関連肝障害、門脈塞栓、新しい解剖学的切除の意義と効果等々、これまでの自分の研究の殆どは解剖の研究から始まってストーリー性をもって発展してきたものである。「ライフワーク」と呼べるものはストーリー性があった方が外から見ても分かりやすいしカッコいい。何かを極めたいと思ったら出来上がったものや新しいものばかりに目を向けるのではなく、常に批判的な心をもって、基本から眺めてみることを研修医の先生方にはお勧めする。人のふんどしで相撲をとるような評論家になってはいけない。

外科手術の原点はすべて解剖である。解剖の理解がないとクオリティの高い手術はできない。一般的な手術で知っておくべき解剖学的知識は篠原尚先生の手術書で網羅されていても、肝臓や膵臓はそんなに簡単ではない。外科医を志す人は解剖の知識を大切にしなくてはいけない。そのためには手術を見に来なくてはいけないし、なるべく手を洗って手術に入らなければならない。教科書にない知識は実戦でなくては教えられない。

東大の第二外科は解剖の知識を大切にする教室である。杏林大学の阪本良弘先生や、うちの小林祐太先生も膵臓の解剖で学位を取っているし、先日の肝胆膵外科学会の教育セミナーで講演された癌研の井上陽介先生の膵臓手術のための解剖のお話は素晴らしかった。虎の門のスタッフもそのようにしたいと思っている。私のところに回ってくる膵臓はほぼ100%BRまたはUR膵癌で、8割以上が血管合併切除を必要とする切除なので普通の症例がほとんどないが、そろそろ膵臓も本腰をいれて独自のスタイルを確立しようと思う。

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