サイトアイコン Junichi Shindoh, MD, PhD

The great attractor

以前バタフライエフェクトでも書いたが、この世の中の現象というのはある時間の一点から先に無限の方向性を持っている。我々の人生も生まれた瞬間から未来に向かう無数の道があり、人生の時間のどの一点をとってみたとしてもそこから先には無数の道筋が広がっている。どの道を進み、どこへ向かっていくのかは、今、自分が歩いている道の先に何があるか、そこでどのような事象が生じるかによって変わってくるから、人生の道筋が最終的にどうなるかは単純なモデルで考えれば「運」という言葉でも表現できる。

一方、道を進むに従って我々には「経験」という情報が蓄積していく。自分の人生を振り返ってみると、どこで道が分かれて、どこを曲がって、どう進んだのか。我々はその道の形を知ることができる。これまでに発生した事象に受けた影響が良かったのか、悪かったのか。それを吟味することができる。自分にとってマイナスとなる事象の経験は、その先の身の処し方に影響を与える。そう考えると人生という道程を創り上げるものは単純な確率の掛け算ではなく、一つ前までの事象に影響を受けた複雑な条件付き確率の掛け算である。

人生の分岐点に差し掛かったときの選択肢にどのように対処するか。その判断の質は経験や環境に左右される。これがいわゆる「ついている人」と「ついていない人」の違いであり、人の人生に格差をもたらす原因の一つだと私は思う。そういう意味で、経験やリテラシーを磨くということは「よく生きる」ためには重要であり、こうした地味な情報発信も、一般の方々にとっては何らかのヒントになればよいなと思っている。

私にとって人生とは、外科医として生きることそのものである。
誰よりも多くの手術をこなし、それを世界に発信し、後進を育てる。臨床医であれば誰しも何らかの形でやっていることではあるが、医者人生の9割をそこに費やし、莫大な人生の時間と引き換えに残してきたものが自分の誇りだ。それをどのように後進に繋ぎ、後世に還元していくか。それをいつも真剣に考えている。

定期的に業績を整理したり、やってきたことを振り返って思うことは、志を持った日から向かっている先は全く変わっていないということだ。今歩いている道は自分が初めに漠然と思い描いたルートとは違うかもしれないが、最終的に向かっている地点は同じであり、色々な人との出会いや、やってきたことはすべてそこに向かうために重要なマイルストーンであったとも思う。人生の終着点は予測困難であると先にも書いたが、向かう先は同じ。気持ち的にはそうだ。

私は理論的に物事を考えていると思われがちだが、どちらかというと物事を感覚で捉えているところが大きい。根拠を明示できなくてもしっくりくるときの選択は正しいし、違和感が残るときはほぼ間違っている。これはこれまでに出会った事象や経験が無意識に影響を与えている結果かもしれないが、そういう意味では自分のインスピレーションを一番信用している。

外科医の仕事というのはやるべきことをやって、あとは神に祈るのみ。
幕内先生がよく言っていた言葉の意味がなんとなく分かってきたような気もしている。

この先に繋がる道に良いことがあるようにお参りをしてきた。
表参道の長い階段の先には、青い空が道のようにつながって見えた。

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