開腹の大きな肝切除であれは2週間前後、腹腔鏡下の切除であれば7-10日というのが概ねの目安と考えています。もちろんこれには個人差があって、腹腔鏡下で小範囲の手術で終わってしまえば2-3日で退院し、すぐに通常の生活に戻れる方もいれば、開腹で大手術を行い、術後にさまざまな合併症で回復がスムーズに進まず、1-2か月を要する方もいます。
入院期間を左右する最も大きな原因は術後の合併症です。肝切除特有の合併症として注意すべきものには、①(後)出血、②胆汁漏、③肝不全の3つがあります。手術では出血が止まった状態でおなかを閉じて病棟へ帰ってきますが、術後に出血を来す場合があります。手術の後に起こる出血ですので「後出血」といいます。後出血はほとんどの場合、術当日~翌日にかけて起こり、術後1週以上経過してから起こることは通常ありません。肝臓の切り口からは術後もしばらくはじわじわと血液が染み出ていますが、ほとんどの場合は自然に止血します。ただし、出血量が多い場合(100mL/時間以上の場合)は命に関わりますので再手術での止血が必要となります。
術後に出血が起こらなくても、肝臓の切り口からは一定頻度で胆汁が染み出てきます。これを「胆汁漏」と言います。血液は自然に凝血して止まりますが、胆汁にはそのような作用はありませんので、胆汁漏は再出血よりも頻度が多くなります。肝臓の離断面が大きく複雑であるほど胆汁漏のリスクは高くなりますが、胆汁が漏れても腹腔内に溜まって感染を起こさない限り悪さをすることは通常なく、創傷治癒とともに自然に止まるケースがほとんどです。そのため手術の際に入れてきたドレーンで腹腔内に漏れ出る排液を持続的に吸い上げつつ(ドレナージ)、漏れが止まるのを待ちます。胆汁漏の量が多い場合は内視鏡を用いて胆管から十二指腸へチューブを留置し、胆管内の圧力を下げてあげることで治癒の促進を図ります。
肝切除後の3大合併症のうち最も注意すべきは肝不全です。肝不全は残った肝臓が小さすぎて身体を支えられない状況のことを指し、死亡につながるリスクが非常に高い状況です。重症の場合は腹水が増え、黄疸の値が上がり、意識障害、呼吸不全などの症状が出てきます。術後の肝不全が治療によって回復するかどうかは五分五分であるため、肝不全にならないような術前評価と手術計画が何よりも重要です。こうした典型的な肝不全とはならなくても、肝硬変が高度なケースや安全切除限界ギリギリの切除を行った場合は、肝不全に近い状況となり、しばらく腹水が止まらずに苦しむケースもあります(難治性腹水)。腹水とは肝臓の切り口や手術で剥離を行った組織から組織液が染み出してきたものであり、もともとの肝機能、肝臓の硬さ、門脈の圧力、栄養状態、肝切除の大きさなど様々な要因に左右されます。術後に経口摂取が始まると一般的に腹水は増えますので、経験上は術後7日目前後が腹水量のピークです。腹水が1日1L~2Lも出ている状況でドレーンを抜いてしまうと、抜いた穴から腹水が体外へ大量に染み出してきたり、逆に腹腔内にたまっておなかがパンパンになってしまいますので、利尿剤を用いて体の中の余分な水分を尿中に逃がしながら腹水が減るようコントロールしていきます。肝切除後の入院が伸びる原因の大半は胆汁漏が治りにくい(難治性胆汁漏)か腹水が止まりにくい(難治性腹水)かのどちらかであり、1~2か月の入院を要するケースもしばしば経験します。
肝臓は大きく切除しても1か月程度でほぼ元の大きさに再生し、機能的にも支障がなくなりますので、臓器の回復という意味では比較的早い回復が見込めますが、元の社会生活がどのくらいで問題なく行うことができるようになるかは、手術後の創の痛みであったり、炎症の遷延、胸水貯留など、手術自体に関連した身体の反応や症状の出方次第というところがあります。肝臓の手術は大きな手術ですから、何日で退院して、何日後から働けるかということを確約することはできません。術後の経過はその人次第であり、合併症をきたした場合などに適切な対処を怠るとかえって状況を悪くし、治療が難渋する危険性が高いため、肝臓のがんに対する手術は一定の療養期間が必要となる可能性を考えて臨まなくてはいけません。
一方、肝臓の手術が無事終わって術後の生活で気を付けることはそれほどありません。安静にしている必要もありませんし、食事面でもあまり気を付けることはありません。創部に関しては最近の手術では皮膚の内側を溶ける糸で縫ってくることが多いため、抜糸が必要となることも通常なく、退院時にはシャワーを浴びられる状態となっています。術後初回の外来で創部やデータをチェックし、特に問題がなければその後は定期的に採血、画像検査などを続けながら外来へ通ってもらうことになります。