肝臓手術の安全性をどう担保するか?

このサイトにはところどころに自分の手術の考え方のポリシー、物事の優先度、成績を記載している。
私は他の外科医が手を出しづらい症例を多く扱うaggressive surgeonであると紹介されることが多い。しかし、自分の中での感覚はちょっと違っている。自分にとっては術死0が絶対的な命題であって、議論を尽くして上手くいく可能性が相当高いと判断しない限り手術は行わない。何でもかんでもお願いされてやるわけではない。逆を言えば自分が行う手術に「無謀な手術」など1つもない。

医者にとって自分の専門は、興味があるから専門なのであって、外科医は手術が好きだし、いろいろな困難を克服して、人の役に立つことにやりがいを感じているはずである。一方で、視点を変えて見てみると、人の身体を切って危険を伴う操作を行う。それは医師免許があるから傷害罪に当らないだけであって、一つボタンを掛け違えると傷害行為に他ならない。
手術を行う者は本来の目的に立ち返って、何が最も重要で、優先順位は何かを常に考えなくてはならない。若い医者はその辺が曖昧になっていることが多いと思う。どんな簡単な手術であっても、患者は練習台ではない。経験や能力に差はあれども、完璧な準備を行い、その瞬間の自分の立場でのベストを尽くし、結果を残さねばならない。勉強してこないレジデントには手術は絶対にやらせないし、勉強してこない者にチャンスは与えない。教育以前の問題である。私が育てたいのは自分が肝癌になった時に手術をしてもらいたいと思える外科医であって、ラパロがうまい医者でも論文が書ける医者でもない。

外科医療の技術や周術期管理の発達により、私が専門とする肝胆膵外科の手術も「安全」といえるレベルで行なわれるようになった。日本の肝切除の周術期死亡率は2.3%(NCD 2009年度調査)である。2.3%という数字は「43人に1人は術後に死ぬ」と書けば多いと感じるかもしれないし、「100人中98人はうまくいく」と書けば少ないと安全と思うかもしれない。いずれにせよ日本の肝切除の周術期死亡率は世界的にはかなり低い方である。

かつて肝臓外科分野のトップランナーであった、国立がんセンターの長谷川博先生が書かれた
「肝切除のテクニックと患者管理」(1985年)
のまえがきにこうある。

「1977年当時は、肝外科はあまりにも「危険がいっぱい」であり、著者自身も心身の過労から、いつ頓死するかもわからないと思い、それまでに気付いた全知識、全技術を山崎君にぶちまけ、スライドなどの宝物は・・・」

「・・・このような決死隊的な二人三脚は、やがて快調に走りだしたが、肝硬変合併肝癌切除の連続成功ののち、1979年には3人連続術後死亡という悲劇が起きた。」

これは私が生まれた頃。昭和50年台の話である。基本的な開腹の消化器外科手術はほぼ確立されている時期であるし、これが当時肝臓外科のトップを走っていた施設の実情であるから、肝切除がいかにリスクが高い手術であるかがよくわかる。

我々の現在の実臨床ではリスクが高いケースや超高難度手術でも、当たり前のように手術が終わり、術後に荒れることもなく無事に退院することがほとんどである。しかし、それが当たり前だと思ってはいけない。私が術中に行っている操作の多くは一つ間違えば患者さんを殺してしまう可能性のある危険な操作である。しかし、そうした手術を安全に行うことを可能にしているのは、トレーニングされた助手の存在であり、麻酔科医の存在であり、手術室ナースの存在である。ここに来て1000件近い肝切除を行った中で、術中に収拾がつかなくなったケースは1つもない。高度肝機能障害の20cmの肝癌、門脈・右房内腫瘍栓合併症例、肝部下大静脈への広範浸潤、19時間超えの超高難度手術、、、出血5000ml超えという手術も数件経験したが、皆元気に退院していった。それは決して外科医一人ではなし得ない。肝臓外科手術はチームの総合力がものをいう世界。それは腹腔鏡手術ではより強く求められる。

どこかにも書いたが、肝臓手術の優先度は「安全性」、「根治性」、「低侵襲性」の順である。我々はこれを一つづつ見直し、クリアしてきた。私がここで自分よりも若い先生達と築き上げてきた新しい肝臓外科臨床は、安全性、根治性の面では満足のいくレベルに到達したと思うし、新しい知見も出てきているので、今後さらなる向上が期待できると考えている。一方で低侵襲性の追究(≒腹腔鏡下肝切除の適応拡大)については、クオリティの担保と安全性の確保を絶対条件に、一つ一つ課題をクリアしつつ時間をかけて進め、昨年から本格的に着手してきた。昨今問題となった腹腔鏡下手術の周術期死亡の問題は、一つには外科医一人がいれば手術が成り立つという勘違いが大きいと思う。腹腔鏡の手術はまず第一に自分の目となるスコピストのカメラワークのセンス、そして前立ちとの阿吽の呼吸が求められる。開腹の手術で自分一人で行っていた視野の展開、左手の動きをスコピストと前立ちにお願いしなくてはならない。したがって、開腹手術と同等のクオリティの担保のためには、自分と同じような感覚をもった医者を3人そろえないといけないことになる。そこまでが長かったと思う。

何年か前に比べるとやり残したことは大分少なくなったが、常に何か夢ややりがいをもって発展性があることを続けていかなければ仕事は辛いだけでつまらない。色々な人に色々な意見をもらうが、とりあえず今は前に進むのみ。

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