この度、虎の門病院消化器外科部長を拝命しました。
昨年秋以降のブログの不定期更新の理由は、その準備にかかるものです。
このサイトは所属施設とは完全に独立した情報発信の場所に位置付けてきましたが、
今回だけは少し、私の本務に関する話をしたいと思います。
3月5日に東京マラソンを走りました。
高校に入ってからは運動とは無縁の暮らしをしていましたので、二十歳から10kg増えた体重とアルコールで悪くなった肝臓にもよいだろうと相方の内科医の誘い(いや、強制かも)で25年ぶりに走り始めたのが2018年末。2019年の東京マラソンは歩きながらも完走し、コロナで3年の延期を経た2020年の出走権で今回2度目の東京マラソンに出ました。
4年を経た身体には前回以上に堪えたので、もう寿命を縮めるような運動はやめることにしますが、仲間とやると達成感はあると思います。
私は健康のために走っているだけなので記録などどうでもよいのですが、
時期的にもメンバー的にもこれまでの自分の道程を振り返りながらのランになるだろうなとしみじみ思いながらスタートを切りました。
結果的には25km地点で両足が攣って歩行困難となり、後半地獄の3時間ラン&ウォークでゴールするというまさかの展開にはなったものの、
限界を超えて物事に挑戦するとはどういうことか。
体力よりも先に脚が終わっても前へ進まなければいけない時の気持ちをどう持つのか。
途中で助けてくれた謎の整体師や、ボランティアの方々や、沿道の応援や、
自分の歩みというものは多くの人の助けがあってこそであるという部分で人生と重なる部分もあり、
色々思うところがありました。
部長になると色々な方からお祝いの言葉を頂きます。
この場を借りて御礼申し上げます。
ただ、もともと当科は2トップ体制でやってきましたので、
これまでやってきたことや、やっていることが変わるわけではありません。
大切なのは肩書ではなく、自分自身の価値です。
苦節9年。
就任の挨拶文には退任の挨拶を書こうとずっと思ってきました。
自分の右腕と左腕になる2人のスタッフを育て、
研究・教育体制を整え、
自分がいなくても自律的に発展できる組織を創り上げたら
私は早々に身を引くつもりです。
虎の門病院で身に染みたことは”Don’t settle”という言葉そのものです。
ここは目的地ではなく、あくまで通過点に過ぎない。
3月5日の25km地点そのものです。
楽なことを覚え、車に乗り始めた人間は、自分の足で歩む者の痛みが分からなくなります。
権力を持ち、自分が強いと錯覚した人間ほど面倒な存在はありません。
私はそうはなりたくはない。
ここで1000例以上の肝切除を行い、100本を超える論文を書いてきましたが
たとえ教職に戻ろうとも私は自分の足で歩くことを辞めないつもりです。
自分の価値は、肩書や権力ではなく、自分自身の存在である。
そう思いたいものです。
虎の門での道程を振り返ったとき
決して平坦な道ではありませんでした。
気持ちよく走ってこられた時間など皆無です。
しかし、全く新しい世界で道なき道を切り開くという作業は
とてもやりがいのある仕事であったと思います。
リーダーの何たるかをよく考えさせられました。
いくら自分が情熱をもっていても、人がついてこなければ仕方ない。
そうした意味で私は恵まれていました。
今、我々が見ている景色は
数多のオファーを安易に受け入れていたら絶対にたどり着けなかった場所であろうと感じます。
現在私が仕事を共にしている仲間は、世界最強のチームであると自信をもって言えます。
これは誇張ではありません。
虎の門病院は現在、名実ともに日本のがん医療における最後の砦の一つとして機能しています。
そうした我々の知識と技術を世の中に還元するための取り組みとして
新しいセンターを作ります。
転移性肝腫瘍高度集学的治療センター
Advanced Multidisciplinary Treatment Center for Metastatic Liver Tumors (AMTREC-MLT)
大腸癌のみならず、頭頚部癌、食道癌、胃癌、胆道癌、乳癌、卵巣癌、副腎癌、神経内分泌腫瘍、褐色細胞腫、GIST、平滑筋肉腫等、「肝転移」の治療に特化した本邦初のセンターです。
我々の理想の医療を実現するプラットフォームになって欲しいと思っています。
もともと私の虎の門病院での仕事は、大腸癌肝転移に対する外科治療を
「諦める」から「諦めない」に変えるところから始まりました。
2014年当時というのは、Journal of Clinical Oncologyに掲載された私の論文が世界で注目され、
大腸癌に対する化学療法の考え方、切除適応の考え方が変わらんとしていた時期でした。
「切除不能」、「切除の意味がない」と決めつけられていた症例の多くは救える可能性があること。
10個、20個転移巣があっても、肺転移があっても、治癒を目指せる症例があること。
大腸癌の予後に最も影響するのは肝転移がコントロールできるか否かであること。
化学療法というものをどのように評価し、とらえるべきか。
世の中の常識を覆し、
大きなnをもってそれを証明し、
国内外でいくつもの講演をして各地の先生方と議論を重ねながら
世の中を変える仕事の一端を担わせてもらいました。
転移性肝腫瘍(肝転移)は、すべて「stage IV」の病態ですが、
外科的な治療介入によって長期生存、あるいは治癒を望めるケースが存在しています。
大腸癌や神経内分泌腫瘍はその代表ですし、頭頚部癌、食道癌、胃癌、胆道癌、乳癌、卵巣癌、腎癌、副腎癌、GIST、平滑筋肉腫、褐色細胞腫他
集学的治療の一環としての切除が、長期生存もしくは治癒に繋がるケースというものは私のシリーズでは多数存在しています。
癌は進行すればするほど、治療の答えが分からない世界です。
stage IVの癌というのはそこからの進行度によらずすべてstage IVであり、がんの世界にstage Vやstage VIはありません。
ですからstage IVだからと言って同じ治療の考え方ではダメだということです。
進行癌はもちろん治療が難しい。全く治療の歯が立たないこともあります。
しかし、確率論だけでガイドラインに盲目的に従うようになると、「病気」しか見なくなります。
“Fate is unpredictable”というトップページの言葉は、
私がすべての患者さんに言うことです。
だれもあなたの運命など予見できない。
それを見極め、良い方向へ創造するために自分達の存在があるのだと言います。
奇跡を起こすことは難しいけれども、
常に最善の策を模索し、自分たちの臨床選択の一つ一つに責任を持つ。
「人を診る」というのはそういうことだと私は思っています。
我々の英知と技術を結集し、
虎の門から世界に冠たる仕事をはじめよう。
そういうスタッフの想いが
明日の世の中を良い方向へ導いてくれることを願います。
虎の門病院 転移性肝腫瘍高度集学的治療センター長
進藤 潤一