本書の構想はもともと2021年夏に始まりました。前著である『諦めてはいけない肝臓の「がん」の話』(医学と看護社)は、多くの方々にお読みいただき、胆道がん、膵臓がんについての続編を望む声を多数頂いて参りました。しかし、専門家集団の中でもさらに専門分野が細分化されている我々の業界において、対外的に「膵臓外科医」を謳っていない人間が膵臓がんだけに特化した本を執筆するというのもいかがなものか(膵臓も私の専門領域の一つではありますが)、また、一般向けにわかりやすく解説することを目的としているとはいえ、医療者目線からの一方通行の情報発信が果たしてどのくらい世の中の役に立つだろうかという自分の中での違和感と葛藤があり、発信の仕方を探りながらも忙しさを理由に筆を執ってはすぐに置くという1年間を過ごしてきました。
 がんの医療現場というのは我々にとっては日常的な光景ですが、そこには一人ひとりの人生があり、ドラマがあります。肝胆膵がんは難治がんであり、最後の質問への答えにもあるように、「治る」とか、「治らない」とか、「正しい」とか、「正しくない」とか、クリアカットな世界ではありません。実際の患者さんを診ている我々の立場からみても、標準治療こそベストとか、民間療法は悪とか、そう言いきれない部分もあります。一方、書店に行くと、「がんが消える」、「がんにならない」という本ばかりがならんでいます。ネットでがんの治療法を検索しても上位に挙がってくるのは自費診療のクリニックの宣伝ばかりです。命にかかわる問題であるにもかかわらず、正しい情報にたどり着くまでに一苦労があります。これは日本特有の現象で、国民性もさることながら、我が国の医療業界の構造の問題に起因しているものだと私は考えています。
 がんの治療は患者さんにとっては人生がかかった問題であり、やり直しがきかず、時間に制限があります。どのような情報に出会い、どのような経過をたどるか。それを「運」として片づけてしまって良いのか。そういう想いが我々には常にあります。物事の考え方は人それぞれであり、人生観も人それぞれです。私はそれを大切にしたいと思っています。そこで本書を執筆するにあたっては、いわゆる「我々の」常識を理論的に解説することではなく、一般の方々の視点に立った時にぜひ知っておいてほしいこと、考えてほしいことについてヒントを散りばめることを意識しました。私がこれまで自分の患者さんたちから受けてきた100の質問とそれに対する私の回答を参考に、読者の皆様がご自身で考え、情報を集めるためのヒントにしていただく。それがリテラシーを磨くことにつながると思います。
 Q99の回答でも述べたように、がんは私にとって身近な問題です。医療者としても、家族としても、何度もがんという病を見てきました。そうした経験を踏まえ、一般の方の目線になるべく沿う形で、がんと向き合うための知識と知恵を少し記載させていただいたつもりです。現在がんと闘病されている方、そのご家族にとって、生きるためのヒントを本書のどこかで見つけていただけると幸いです。

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