「がん」とはもともと自分の身体を構成する細胞から発生したものです。感染症のように外からやってくるものではありませんし、何もないところから現れるものでもありません。私たちの身体は細胞の分裂により成長したり、古くなった組織が新しい組織に日々入れ替わったりしています。正常な細胞は分裂のスピードや回数が精密に制御されているため、身体の形や機能が変わってしまうことは通常ありませんが、我々の身体を構成する何十兆もの細胞の中には、その分裂の過程でエラーを生じるものが一定数存在しています。生物の身体にはそうしたエラーをおこした組織をうまく修復したり、排除したりする仕組みが備わっていますが、そうしたメカニズムをかいくぐり、自律的に(勝手に)成長し始めた異常な組織のことを専門用語で「新生物(neoplasm)」と言います。これは私たちが聞き慣れた「腫瘍(tumor)」とほぼ同義と考えていただいて構いません。
 腫瘍とは、細胞の核に存在する遺伝子の損傷などによって細胞が制御を失い、どんどんと増殖するようになってしまった「壊れた」細胞が形成する組織のことを指します。イメージとしてわかりやすいのはポリープです。例えば大腸の内部を内視鏡で観察すると、ツルツルの粘膜でおおわれた平坦な面に見えます。この粘膜の一部に自律性の増殖を起こす細胞塊が発生してしまうと、その部分だけ周りの粘膜組織との協調性を失い、キノコのようにモコモコと盛り上がってきます。これを「ポリープ」と言います。ポリープは病理組織学的には「腺腫」と呼ばれる良性腫瘍(良性新生物)であることが大半ですが、分裂を繰り返しながら成長し、ある程度の大きさになるとその中に顔つきの悪い細胞が見られるようになります。これが典型的な大腸癌の発生過程です。大腸ポリープも1cm程度になると癌化のリスクが上がりますので、ある程度の大きさになったものは切除を行います。
 頻度の差はありますが腫瘍は身体のどの組織からも発生する可能性があります。ちなみに「腫瘍」=「がん」ではありません。「腫瘍」とは前述のように自律的に増えてしまう性質を持った組織を指す言葉であり、そこで大きくなるだけであれば直接生命を脅かすことは通常ありませんので、そうした腫瘍のことを「良性腫瘍」と呼びます。一方、周りの正常組織や臓器を破壊したり、遠くへ飛んで行って(転移)そこでまた悪さを始めたりする性質をもった腫瘍のことを「悪性腫瘍(がん)」と呼びます。平仮名で書く「がん」は悪性腫瘍全般を指す一般名です。

図2.良性腫瘍と悪性腫瘍の違い

 「がん」にはさらに分類があります(下表)。呼吸器や消化器、皮膚など、身体の表面や臓器の内腔を形成している組織(上皮)に発生するがんのことを「癌(癌腫)」と呼びます。一方で、脂肪や筋肉、血管、骨など体の表面以外の組織に発生するがんのことは「肉腫」と呼びます。例えば、胃の粘膜に発生するがんのことを胃癌と言いますが、胃の壁を形成する筋肉などに発生するがんは胃肉腫と呼びます。どの臓器のどの組織に発生するかによってがんの性質は大きく異なりますので、発生場所や発生由来組織の定義は重要です。一方、血管や骨髄、リンパ節などに存在する血球のがん(白血病や悪性リンパ腫など)は固形のがんではありませんので、癌や肉腫とは別の分類になります。

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