第3章Q9で少し触れましたが、肝臓の手術が難しいのは、①肝臓という臓器が右上腹部の奥まったスペースに存在する大きく・重量のある臓器であること、②毎分1200mlという非常に豊富な血流が流れる臓器であり、出血のコントロールが難しいこと、③内部が透けて見えないので腫瘍の位置が分からないこと、④一定の大きさ以上を切除してしまうと患者さんが術後肝不全で死んでしまうこと等の理由によります。
 がんの手術の基本はがんをそれが進展していると予想される部分まで少し大きめに切除を行うことです。がんを治すという観点では大きくとった方が病気が遺残する確率は低くなります。一方、肝臓は前述のように一定の大きさを残さなければ命に係わるという問題があります。肝臓をどのくらいまで安全に切除できるかはその人の肝臓がもっている「予備力」によりますが、これは人によって異なり、慢性肝炎や肝硬変など傷んだ肝臓では予備力が小さくなるため、安全に切除できる範囲も小さくなっていきます。計算の詳細については本書では割愛しますが、肝臓手術では①腫瘍をなるべく遺残なく切除すること(根治性)と、②肝不全を回避できる量の肝臓を残すこと(安全性)の双方のバランスをとることが求められます。そのため精密な検査に基づき、どのようにすれば安全で確実な切除ができるかの術前のシミュレーションが必須となります(図5)。

図5. 肝切除シミュレーション

 綿密な術前検査と手術計画を経てがんの根治的切除ができると判断され、手術へ進んだとしても、実際の手術は神経をすり減らす作業の連続です。まず、肝臓の中は透けて見えませんのでどこに大事な血管が走っていて、どこに腫瘍があって、どの血管を残し、どのラインで肝臓を離断していくか、それを術中に超音波などを用いて都度確認しながら進めていく必要があります。肝臓を「割る」と言ってもメスで切っていくわけではなく、1mm前後の細い血管を何百本も縛ったり、焼いたりしながら処理し、少しずつ肝臓を割っていきます。この作業はそのまま行うと切り口から血液が噴き出して安全な操作ができませんので、肝臓の切除を行う際には一時的に肝臓に流入する血液を止めたり、心臓の方から戻ってくる血液をうまく制御したりしながら進めていきます。ただし、血液を手術中ずっと止めておくと肝臓が壊死してしまいますので、血流を遮断できる時間にも制限があります。このように肝臓の手術では様々なことを同時並行で考えながら手術を進めていかなくてはいけません。
 複雑な手術になればなるほど、切除安全限界ギリギリでの勝負になればなるほど、こうした一つ一つの操作のミスが患者さんにとって命取りになりかねません。これを腹腔鏡で行うためにはさらに高いレベルでの安全マージンの確保や手技の工夫が求められますのですべての肝切除を腹腔鏡で行うことはできません。

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