人ががんで亡くなる原因は、組織や臓器の破壊によって生命維持に必要な機能が失われてしまうこと、また私たちが経口摂取などで外界から得るよりも多くのエネルギーを消費してしまうことにより、生命活動に必要なエネルギーの確保が困難になってしまうことなど、複合的な要因によります。
 早期のがんは小さく、身体に影響を及ぼすことはほとんどありませんので、症状がなく、健診などでなければ発見が難しいのが通常ですが、がんの進行に伴い、がんがある程度の大きさを持つようになると、例えば、消化管が癌で詰まることによる腸閉塞、肝臓の破壊による肝不全、神経の破壊による強い痛み(癌性疼痛)など様々な自覚症状が出てきます。また、身体から多くのエネルギーが失われることによって、悪液質(カヘキシー)という状態となり、病的なやせが進行します。
 がんの発生から進行までの自然史を考えると、その経過はがんの種類によっても異なり、実際には数年~数十年と幅があります。がんの種類によっては、「がん」と名前がついていても、臨床的に「がん」としてのふるまいを示すようになるまでにかなりの年数を要する場合もあり、治療介入をすべきタイミングも異なります。例えば私の専門領域の一つである肝細胞癌は、通常、慢性的な炎症を起こした肝臓の中に数年~数十年の経過で前がん病変(がんの元になる病変)が発生し、それがゆっくりと形を変えながら「早期肝癌」と呼ばれる状態に至ります。しかし、早期肝癌は放置してもすぐに増殖したり悪さをしたりすることはありませんので通常は治療対象とはなりません。早期肝癌が時間経過とともに顔つきを変化させ、いわゆる典型的な肝癌の性質を持ってきたタイミングで初めて治療を行います。
 臓器機能への影響や痛み、栄養障害などはいずれもがんの進行に伴って発生してきますので、どのタイミングでどのような治療介入を行うのがよいのか、根治を期待できる条件とは何か? 生存延長を期待できる条件とは何か? それはこうした癌の自然史を理解した上で考える必要があります。

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