良性腫瘍と診断されてがんにならないかと心配される方がよくいらっしゃいますが、良性腫瘍と悪性腫瘍(がん)は必ずしも一連の関係性を持っているわけではありません。がん化しない良性腫瘍もあれば、がんと関連の深い良性腫瘍もあります。
 がんの多くは、正常な組織の中に生じた異常組織が長い時間経過とともに「段階的に」悪性腫瘍としての性質を持つようになって発生すると考えられています。がんとは0か1かという病気ではなく、典型的な性質を示すがんが1であるならば、その自然史の中には0.2という状態もあれば0.6という状態もあります。例えば大腸癌の多くは、良性腫瘍である大腸ポリープ(大腸腺腫)の中に発生した悪性成分から発生することが多いことが知られています。また、肝臓がんの代表である肝細胞癌も、傷んだ肝臓の中に発生した異常組織が次第に顔つきを変えながら「早期肝癌」という状態に至り、そこから典型的な肝細胞癌が発生することが多いと考えられています。こうした癌の前段階にある良性病変のことを「前がん病変」と呼びます。前がん病変はいずれがん化するリスクが高い病変ですので、その時点で切除を行ったり、慎重に経過観察をしたりします。これはがんの早期診断・早期予防という観点からは重要なポイントになります。
 しかし残念ながら、「前がん病変」の存在が知られているがんというのはそれほど多いわけではありません。また前がん病変の存在が知られているがんであっても、目に見えるような大きさの病変を介さずにいきなり「がん」として発生してくるケースもあります。膵がんにも前がん病変が存在しますが、すべての膵がんがそうした病変を介して発生してくるわけではありません。
 がんの段階的な発生過程を考えた時に、同じがんでも0の状態から1の状態に至るまでにかかる時間は患者さんごとに全く異なっています。数年かかる人もいれば、十年以上かかる人もいます。0.3のまま何年も経過する方もいます。これは予想ができません。放置しても悪さをしないから治療の必要がない「がんもどき」と「本物のがん」が存在するという考え方は誤りであり、これは何年もかかる一連のがんの発生・進行の過程を見ているにすぎません。
 いわゆる「がんもどき」という言葉を使うならば、大腸ポリープの多くはまだ良性ですから、広い意味では「がんもどき」かもしれません。がんではないのだから切除の必要性はないのではないかと考える方もいるのではないかと思います。しかしこれは確率論の問題であることを理解しなくてはいけません。がんになってしまったら早期癌でも治癒する可能性は100%ではありません。我々医療者はどうすればがんになるリスクを低減できるか、ポリープもどのくらいの大きさになったらがん化のリスクが高いから治療をしておいた方がよいか、そういう視点で物事を考えます。

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