膵頭十二指腸切除術は一つ一つの手技が難しいというよりは、手術の工程が複雑で手数が多いため長い時間がかかる手術です。胃の出口、十二指腸、膵頭部、胆嚢、胆管が一塊として切除されますので身体にとってもそれなりの負担となります。この手術で問題となるのは術中よりは術後の方です。食べ物の通り道である、胃の出口~十二指腸がすべてなくなってしまうこと、胆汁や膵液を流している管がすべて切れてしまうことから、小腸をつかってこれらを作りなおす「再建」が必要となります。膵頭十二指腸切除術後に問題となるのは、①出血、②膵液漏、③縫合不全、④胃内容排泄遅延が主なものですが、このうち最も問題となるものは「膵液漏」です。この手術では膵臓が離断され、膵臓と消化管(胃や小腸)をつなぐ手技が必要となります。消化管同士あるいは胆管と消化管はつながりやすいので、それがうまくつながらず、消化液などが漏れ出る「縫合不全」という状態は、ほとんどの場合、ある程度の時間が経てば自然に穴がふさがって解決します。一方、膵臓は膵液やホルモンを分泌している腺組織であって消化管ではないため、これを胃や小腸とつなぐことはそもそも非生理的であり、吻合自体が難しいという問題があります。そのため膵臓の切り口や膵臓と消化管のつなぎ目から多かれ少なかれ膵液が漏れ出します。膵液漏は量が少なければ問題はありませんが、胆管癌の場合膵臓自体には問題のないことが多いため、柔らかく健康な膵臓から大量の膵液が分泌され、膵癌の手術と比較するとむしろ膵液漏のリスクが高くなります。
膵液漏がなぜ怖いかというと、膵液はタンパク質を分解する非常に強力な消化液であるためです。ヒトの身体はタンパク質でできていますから、膵液が漏れ、これが胆汁や消化液と混ざって活性化すると、身体自体が溶けてしまうということになります。膵液によって組織が分解されると高度の炎症からうみの溜まりである「膿瘍」が形成され、それが発熱の原因となったり、胃の動きを悪くして食事がとれなくなってしまったり、周囲の血管が溶かされた場合はそこから大量出血をきたし、命にかかわる状態となり得ます。したがって手術の際には「ドレーン」といって漏れ出た膵液などが体内に貯留しないよう、それを吸い上げるための管を留置してきます。ヒトの身体は欠損した部位や穴を埋める創傷治癒の力を持っていますので、膵液漏も通常は時間経過とともに止まってきますが、どのくらいの時間がかかるかは人それぞれであり、数週で止まる人もいれば、中には数か月を要する人もいます。ある程度止まってきても一定量の膵液が漏れ出ているうちはドレーンを一気に抜いてしまうと体内に膵液がたまってしまうリスクを伴いますので、ドレーンを入れたまま退院し、経過を見ながら外来で少しずつ抜くということをしばしば行います。