肝臓・胆道・膵臓の手術は腹部臓器の手術の中では難しい手術の部類に入ります。胆石症や胆のうポリープなど、胆のうだけを切除すればよい手術は比較的難易度が低く、修練中の外科医が入門編として執刀する手術の一つですが、その他の肝胆膵外科手術、特にがんの手術は技術的な難易度が高く、肝胆膵外科手術を一人で執刀できるようになるまでには、一般外科、消化器外科とトレーニングを積みながら長い修練期間を必要とします。肝胆膵外科手術がなぜ難しいかを一言で言えば、素人が手術すると患者さんが死んでしまうからです。肝胆膵がんの手術は手術の計画、リスク評価、手術、術後管理すべてに高度な知識と技術が要求されます。
 肝臓は毎分1200mlもの大量の血液が流れている血管の塊であり、メスで切り込むと血が止まらずすぐに命に係わる状態になります。出血をコントロールしながら肝臓にうまく切り込み、どの血管を処理し、どの血管を残し、どの方向に、どの深さに肝臓の離断を進め、がんを過不足なく摘出するか。心臓の2cm下で大血管に流入している1-2mmの血管を1本1本処理し、どのように剥離をすすめていくのか。術後に再出血しないようにどのように止血を行うか。さまざまな手技の一つ一つに高い技術が求められます。
 膵臓も腹部臓器を栄養する重要な血管に囲まれた領域にあり、生きるために必要な血管をすべて残しつつ、膵臓の一部を周囲臓器とともに切除したり、食物の消化吸収が正常に行えるように消化管の「再建」という操作が必要となったり、手術の種類によっては複雑な手技が求められます。
 胆道がんの手術はより厄介で、胆のうや胆管のみ切除すればよいわけではなく、がんの部位によっては肝臓とともに切除を行う必要があったり、膵臓とともに切除を行う必要があったり、血管を合併切除してつなぎなおしたりと高度な技術が求められます。さらに胆管ががんで詰まって黄疸になっていると、それだけで肝臓の機能が低下しますし、胆汁のうっ滞を起こした胆管内で細菌が繁殖して炎症を起こすと敗血症や肝不全など致死的な合併症を惹起するリスクがありますので、胆道がんの手術というのはそもそも不利な条件で大手術を行わねばならないという点で、肝胆膵がんの手術の中でも特に周術期死亡リスクが高い手術に分類されます。
 このように文字だけで説明しても肝臓・胆道・膵臓の手術はなんだか大変そうだなという雰囲気が伝わってくると思いますが、ごく一部の肝腫瘍を除いて肝胆膵がんの根治を期待できる方法は残念ながら現状手術のみです。ですから、技術的に安全な切除が可能であるのか、腫瘍学的にがんの制御ができる可能性が高いのか、そうした視点をもって我々は手術の可否を判断します。逆を言えば、がんと診断されて手術が提案されるケースというのは、技術的に安全な手術ができる可能性が高く、がんの治癒や長期生存が目指せる可能性がまだ残されているということを意味しますので、希望をすてるべきではありません。手術は「やってみる」という考え方は許されませんので、テレビドラマのように一か八かの賭けのような手術は行われません。

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