肝臓そのものに発生するがんのことを「原発性肝癌」と呼ぶのに対し、他の臓器に発生したがんが肝臓に転移したものを「転移性肝癌」といいます。転移性肝癌は「肝臓がん」ではありません。例えば大腸癌の肝転移はあくまで「大腸癌」であり、抗がん剤を使用する場合は原発性肝癌に効果のある薬剤ではなく、大腸癌に効果のある薬剤を使用します。
 転移性肝癌は肝臓に転移しているという時点ですべてステージ4のがんであり、いわゆる「進行癌」の範疇に入ります。しかし原発巣(もともとの癌の場所)がどこであったかによって、腫瘍の性質は異なり、治療の方法や根治の可能性も大きな違いがあります。

①大腸癌肝転移
 転移性肝癌の切除でもっとも多く行われるのは大腸癌の肝転移に対する切除です。大腸癌は他の消化器がんと異なり、肝臓や肺に転移していてもすべて切除することが可能であれば、一定の条件で根治が期待できる数少ないがんです。近年、効果の高い抗癌剤が使用可能となってきていますので、診断時点で腫瘍が巨大であったり、10個、20個と多数の転移巣があるために切除困難と判断されても、抗がん剤治療によって手術が可能な状態にもっていける症例が多数存在しています。切除はその効果が期待できる状況でなければ行えませんので、大腸癌肝転移の多くは何らかの抗がん剤治療(術前、術後、またはその両方)を併用しながら手術を行うのが一般的です(化学療法の方法や要否は転移巣が診断された状況や数、大きさなどで異なります)。
 一方、大腸癌肝転移に対して手術以外に根治を望める治療法は基本的にありません。抗癌剤のみでがんがすべて消失するようなケースは極めて稀です。手術に対する考え方は施設や医師によって様々ですが、同じがんでも人それぞれその性質は様々であり、がんの根治の可能性は決して腫瘍の大きさや数だけで判断できるわけではありません。私のチームでは大きさ・数に関係なく、手術の意義があると考えられるケースには手術を行っています。多発肝転移を有する症例では治療経過中に2回以上肝切除を必要とするケースが大半ですが、大腸癌肝転移は肝細胞癌と同様、切除可能なものを諦めずに切除していくことで予後が延長することが示されており(Oba M, et al. Ann Surg Oncol 2014; Oba M, et al. Surgery 2016)、治療には外科手術の技量はもちろん、補助療法である他の治療選択肢も含めた診療チームの総合力が求められます。切除困難と判断されるケースに対する治療戦略はこちらをご覧ください。
 以下に2014年~2018年に私が切除を行った101例の大腸癌肝転移に対する初回肝切除の成績をお示しします。初診時の腫瘍条件は、腫瘍数 6.0個 (1-83個)、最大腫瘍径 32.3mm (5-150 mm)で、75%が多発肝転移症例。経過中に再発に対して再切除を要した症例は78例(77%)。1年生存率 98.0%、3年生存率 74.0%、5年生存率 60.7%で、当院の過去10年間の大腸癌症例(3,303例)のステージ別のグラフと比較してみると、ステージ4全体の成績(5年生存率35%)と比較して有意に良好であることが分かります。

②神経内分泌腫瘍
  神経内分泌腫瘍Neuroendocrine neoplasm (NEN)は膵臓などに比較的多く発生し、悪性度が高いと多臓器に転移をきたします。一般的にカルチノイドと呼ばれる腫瘍もこれに属します。神経内分泌腫瘍に対しては化学療法も存在しますが、基本的に根治が望める方法は手術治療のみです。根治が期待できるケースについては大腸癌肝転移に準じて積極的な外科的切除が行われます。

③GIST (Gastrointestinal stromal tumor)
 GISTは主に胃や腸などの消化管壁に発生し、進行すると転移を来たします。GISTに対しては有効な分子標的薬であるイマチニブ(グリベック)やスニチニブ(スーテント)があるため、進行した状況でもある程度コントロールが可能ですが根治には手術が必要となります。GISTも技術的に切除可能な肝転移は積極的な切除適応となります。

④その他の転移癌
 胃がん、食道がん、膵癌、胆管癌、乳がん、卵巣がんなど他の臓器に生じた癌の肝転移も状況によっては切除が検討されますが、現時点で肝切除が大幅な予後の改善につながるかどうかについては意見が分かれます。しかし、症例によっては手術によって根治または長期生存を得られているケースが自験例でも存在していますので、治療経過等の状況により切除の意義があると考えられる患者さんでは切除を行います。