今年の「運」勢

そういえば、今年はおみくじを引いていない。
近所の神社はいつも「凶」が出るから信用していないので、時間を見つけて日枝神社に行きます。きっと「吉」がでることでしょう。

皆様、あけましておめでとうございます。
週末から東京はまた緊急事態宣言下に置かれるようですが、7日より本年の診療を通常通り再開します。

さて、このサイトはもともと患者さん向けの医療情報発信や我々の取り組みを紹介する場として開設しましたが、思いのほか医療関係者の訪問が多いので(ほとんどはブログを見に来ているようですが)、今年の所信表明をしようと思います。その前に、一般のみなさんに知っておいてほしいコロナ関連についての諸々と我々の現状を述べます。

私は直接コロナの患者さんの診療には携わりませんが、現在、我々の診療はコロナの影響を多分に受けています。コロナウイルス関連に関する問題はいろいろありますし、個人的な意見をこういう場で述べることはしません。しかしご自身が被害を被らないためにやれることは「自己防衛」しかないということを一般の皆さんにはまず知っていただきたいと思います。

コロナウイルスには誰でもかかりますし、この感染症の特徴ゆえ、感染してしまったら自分の身体のみならず、社会的にも経済的にも大きなダメージを受けます。自分でリスクを避けるほかありません。マスコミやネットの情報は、がんに関してもそうですが、無駄に恐怖を煽ったり我々をミスリードする内容が多々あります。情報の信憑性や解釈の仕方はご自身で判断しましょう。例えばPCR検査と簡単に言いますが、これはいわゆる特定のDNA配列を増やす簡便な検査ではありません、コロナウイルスはRNAウイルスですので、RNAをDNAに逆転写した上で増やすreal time RT-PCRという手法を用います。RNAは扱いが難しいので当然感度も下がります。検査に100%などありません。検査者やその手順によっても、精度が大分違ってきます。実際に検査ですり抜けて入院後に発症する方が私の患者さんにもいます。また、検査を受けるのはよいですが、陽性となったからといってコロナウイルス感染症に有効な治療法はありません。言い方は悪いですが、回復するかどうか、重症化するかどうかはご自身の「運」です。重症で入院したとしても我々医療者にできることは回復を「祈り」ながら対症療法を行うことのみであって、治すことはできません。ちなみにテレビに出ている医者の半分は専門家でもなんでもありません。情報番組のコメンテーターの大半も医療者ではないし専門知識を持っているわけではない。無責任な発言が多すぎると感じます。医療資源(人・もの・お金)は有限です。どこに行ったから助かる、どこに行ったら治療が受けられるというものではありません。感染症は「集団」の病気であり、がんのように「個人」の病気ではありません。ですから集団単位で物事を考えなくてはいけません。当然のことながら個々の患者さんが受ける対応もこの世界や日本社会における「最大多数の最大幸福」に基づくものです。個別対応ではない。それが現実です。

虎の門病院は東京都の重症者の1割を受け入れながらも総合病院としての通常の診療機能も維持し、大規模クラスターが発生することもなく相当善戦していると思います。入院患者さんは全例検査です。術後やがんの治療中の患者さんは様々な原因で発熱しますが、COVID-19ではないことが証明されるまでは必要に応じて隔離や特別な対応が行われることがあります。家族の面会はできません。手術患者に関しては少し緩和していた時期がありますが、外来や病棟の入り口の説明室で術前の説明の際に顔を合わせた後は、次に会えるのは退院時です。手術日も会うことはできません。我々もなるべくスタッフ間、スタッフ・患者間の接触を避けざるを得なくなってきていますので、カンファランスや回診その他は基本的に中止しています。私自身が感染した場合は肝臓外科の診療が完全にストップしてしまいますので、時間をかけて一人一人回ったりベッドサイドで話をすることは現在極力避けています。寄り添う臨床が私の原点ですが、現状を鑑みどうぞご理解ください。一日も早い収束を皆で願い、頑張るしかありません。

昨年を振り返ってみると、春先の緊急事態宣言で思いもよらず時間が生まれたことで、これまでの治療成績を見直したり、次にやるべきことを整理したり、我々の臨床を支える学術の部分では逆にいくらか進歩があったことも事実です。新しい知見を論文として多数世に送り出し、今年もすでに重要な知見をいくつか掴んでいます。年末も患者さん全員が退院して静かな年越しでしたので、正月から下の論文を2本仕上げて、査読をし、自分のプロジェクトの解析をして、講演のスライドを作り、学会の抄録を書くといういつもと変わらぬペースで日々を過ごし、デスクワーク以外は酒を飲んでいるか走っているかで終わってしまいました。ストレスなく事務作業に取り組めてよいお休みでした。

話を本来の内容に戻しますが、私がここへ来てはじめに掲げた目標は、まず肝臓外科の質と量で日本で一番になること。それが自ずと世界をリードするチームの構築につながると信じてやってきました。しかし同時に、その目安となる指標の設定も難しいと思ってきました。施設によってスタッフの数も違う、診療方針も違う、やり方も違う。そもそも治療している患者層が違う。確かに施設としての手術件数では国内でトップを争うようになったし、国際的にも認知される診療チームになった。しかし手術件数や、生存率や死亡率、合併症率なんかで数字の差を争っていても仕方がない。ここ数年はそう感じつつありました。都心に集中するhigh volume centerでどんぐりの背比べをしていたところで、世界的な競争力ではもはや中国や韓国に数の力で負けつつあるし、かといって手術の「質」で勝負なんて言っているのは日本人だけで、それもただの自己満足に過ぎない。そろそろ次の目標を設定しようかなと思います。

私のチームは非常に若いチームです。私のところで臨床をしたいと言ってくださる先生方は沢山いらっしゃいますが、虎の門病院は医師数が限られているのでそんなに簡単に常勤医の数を増やすことができません。いつかブログで紹介しようと思っていますが、私の下にいる2人の外科医は卒後10年前後であるにも拘わらず、同年代のどの施設の肝胆膵外科医よりも手術の執刀経験があり、手技的にも、学術的にも経験値の高い信頼のおける二人です。長く一緒にやってきた肝臓内科、下部消化管外科、胆膵内科はいずれもスペシャルな人材がそろっています。能力の高い少数精鋭のスタッフが、強力な縦横のつながりで有機的な診療チームを織りなしているところが虎の門病院の肝胆膵部門の特徴であり、日本の大学病院やがん専門病院では絶対になしえない我々の「組織」の強みでもあります。手術の安全を至上命題に、確固たるデータや経験に支えられた「希望を繋ぐ」外科治療を100%自分の信念でやってこれたのは幸せなことだと思いますし、他の施設にはできない挑戦的な手術を多数手がけ、成績をおさめてきた点で、自分たちにしか出せないデータがあります。今年はまず、それをいくつか明らかにしようと思います。

医者と患者のめぐりあわせは「運」であるとどこかに書きました。これはその通りです。外科医と患者の関係は究極的には「命を預けられるかどうか」「命を預かる覚悟があるか」だけです。肩書が人を治すわけではないのです。自分であれば自分以外にはなかなか命を預けられない。そういう臨床を誇りを持って続けたいと思います。今年一年の皆様の健康と幸運をお祈り申し上げます。

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