トップページには、私の外科医としての信念である “the last hope (最後の砦)” という言葉を掲げています。これは決して格好をつけているわけでなく、自分に命を預けると言ってくれる患者さんに対して、自分がそうありたいと常に願ってきたことです。
 私の肝臓外科医としての目標は3つ。1つ目はメスの限界に挑み応えるということ。2つ目は安全で低侵襲な治療の追求。3つ目は後進の教育と世界の医療レベルの底上げです。このうち1つ目と2つ目は相反する目標です。肝臓を大きくとれば癌は根治に近づく。しかし肝臓を取りすぎれば患者さんは亡くなってしまう。切除範囲を小さくすれば手術の安全性は増す。しかし癌は治らない。肝臓外科の特殊性はその点にあります。手術を頑張ってやりすぎれば、昨今問題となったニュースのような状況に陥りますし、手術を手控えてしまえば救える命も救えなくなる。そこが我々肝臓外科医のもつジレンマです。したがって、そのバランスをどのようにとり、安全に可能性を追究できるかが肝臓外科医の腕の見せ所であり、技術はもちろんのこと経験に裏打ちされた臨床判断が大きな差を生み出す部分であると思います。このページでは進行癌に対する我々の集学的治療の取り組みと成績についてお示しします。

①切除困難な大腸癌肝転移
 大腸癌肝転移に対しては、化学療法がなかった時代でも切除のみで治癒する症例が一定数いることが知られていました。近年、有効な化学療法がいくつか使えるようになっていますが、それでも化学療法単独で得られる生存期間は中央値で約2年半(30ヶ月)とされています。根治もしくは長期生存をもたらしうる方法は現時点では残念ながら切除以外にはありません。多発肝転移、特に腫瘍数が4個を超えるようなケースでは、多くの場合根治が不可能と考えられてきたため、現在でも外科的切除を手控える施設が多く存在しています。しかし、その中には手術の意義がある患者さんが少なからずいらっしゃるのも事実です。
 理論の詳細はここでは割愛しますが、すべての転移巣を取り切れるかどうかの「見極め」と補助療法を駆使した積極的な切除戦略によって生存延長が得られるケースが多数存在しています。私はこの業界で多発肝転移の専門家と思われていることもあり、自分に紹介されてくる症例の殆どは複数個の肝転移を有するケースですが、個人の実感としてそうしたケースにおいても手術の意義のある患者さん(根治あるいは生存延長が見込める患者さん)は「多数」です。
 例えば下の症例をご覧ください。非常に巨大な肝転移巣がありこの状況ではとても切除はできません(左)。しかし、化学療法を4コース施行後してみると図のように腫瘍の著明な縮小が見られ(中)、根治的な切除が可能となりました(右)。以後肝内再発なく2年経過しています。このように切除不能な状況を化学療法によって切除可能な状況にまでもってくる治療のことを、”conversion(コンバージョン)”と言います。

 紹介された段階で切除が可能なケースと、この症例のように切除困難なケースを比較すると、当然前者の方がその後の生存率は良い傾向にありますが、初診の時点で切除困難と判断されても、その後の化学療法によって手術へのコンバージョンに持ち込むことができた症例では、切除は無理と諦めて化学療法のみで治療されたケースと比較して生存率が大幅によいことが様々な観察研究で示されています(Kopetz S, et al. J Clin Oncol 2009; Adam R, et al. Oncologist 2012他)。
 しかしこうしたコンバージョンを企図する治療にはいくつかのコツがあります。①短期間で勝負すること、②コンバージョンのために必要な効果をもたらす薬剤を使用すること、の2点です。これは大腸癌の診療に携わる医師の中でも誤解されている方が多くいらっしゃいます。まず①に関して。化学療法は身体にとって基本的に「毒」であり、治療が長期化すると肝臓が傷んできます。コンバージョンを目指すケースというのは肝臓を大きく切除する必要がある症例が大半ですので、化学療法をやりすぎてしまうと肝機能の悪化により切除が不可能となってしまいます。したがって、腫瘍増殖の制御がつき、肝障害が来る前の早い段階で手術に踏み切る必要があります。手術を念頭に置いた場合、抗がん剤治療をやりすぎるのはむしろ手術の危険性を増してしまうので良くないということになります。肝転移を有する症例では診断時点で一度肝臓外科医にコンサルトし、治療計画を練ることが重要です。
 次に②に関して、手術が困難と考えられる原因は上の症例のように腫瘍が大きいからだけではありません。腫瘍の数が10個、20個と多かったり、肝臓の外に転移巣が存在しているような症例ではそもそも手術をすることで本当に腫瘍を取り切ることができるのかわからない(手術をしてもよいのかの判断が難しい)という問題があります。そうしたケースで必要になるのは、腫瘍を小さくすることよりもむしろ、腫瘍細胞自体の壊死を誘導し、切除後の再発リスクを減らすという作業です。下の症例は肝臓の両葉に多発する巨大な肝転移があり、さらに肝門部のリンパ節に転移の認められる症例です。化学療法前後のCTを上下に比較して提示していますが、肝臓内の腫瘍が下の化学療法後のCTでは黒く明瞭に変化していることが分かると思います。これは形態学的奏効(morphologic response)(Chun YS, et al. JAMA 2009; Shindoh J, et al. J Clin Oncol 2012)と呼ばれる現象で、CT画像で見た時のこの変化の程度が大きければ大きいほど、腫瘍内部で壊死が進行し、切除による根治性が向上することが知られています。この症例では高度の肝障害があり、1回の手術ですべてを切除するのは術後肝不全のリスクが高く危険と考えられたため、2回に分けて切除を行いました。その後2年間以上無治療・無再発で経過しています。

 手術へのコンバージョンを企図した治療において重要なのは、大腸外科医、肝臓外科医、腫瘍内科医、放射線科医など専門家の連携です。当院の実績において私が赴任後1年半で手掛けたコンバージョン症例25例の成績を、当院の過去10年間の大腸癌切除症例(n=3,303)のステージ別の生存曲線(ステージ1~4)と比較してみると、初診時に切除不能と判断されても切除にこぎつけることができた症例の5年生存率は50.2%(観察期間中央値 6.2年)と良好であり、ステージ4全体の5年生存率35%と比較して明らかによいことが分かります。

②高度進行肝細胞癌
 肝細胞癌の治療で詳細を説明していますが、腫瘍栓を形成した高度進行癌、高度肝機能障害、多発肝癌などは手術での治療が一般的に難しく、仮に可能だとしてもなかなか長期生存や根治を期待することが困難です。肝細胞癌の治療はそもそも肝臓が病気で傷んでいることや、放射線・化学療法が効きにくい腫瘍であるため、転移性肝癌以上に治療が難しく、内科・外科・放射線科等、関連各科の協力が非常に重要となります。本邦ではB型肝炎やC型肝炎のスクリーニングやウイルス治療が進み、肝細胞癌の数はむしろ減少傾向にはありますが、近年ではアルコール、糖尿病、脂肪肝など生活習慣病に関連した肝細胞癌の症例が増加しています。我々のグループの強みは内科・外科ともに経験を有した専門家が治療を行っており、特に肝細胞癌の治療に強いという点です。
 進行した肝細胞癌の治療の可能性を広げるために必要なものは、転移性肝癌と同様、有効な化学療法です。前述のとおり肝細胞癌は通常の抗癌剤に抵抗性があり、何十年にも渡り有効な治療法がないという問題がありました。2000年代になり、肝細胞癌に対して始めて効果が証明されたソラフェニブ(ネクサバール)という薬が使えるようになったものの、ソラフェニブ単独で癌の縮小を期待したり、長期生存を得ることは困難でした。しかし近年、肝細胞癌に対しては有効な薬剤が次々と使えるようになってきており、進行癌での根治的治療の可能性が広がっています。数は少ないですが肝細胞癌でも「コンバージョン」が可能な症例が経験されるようになってきており、我々のグループでも2021年5月時点で20例が切除に至っています。肝細胞癌に対する手術、ラジオ波焼灼療法、肝動脈化学塞栓療法、抗がん剤治療、放射線治療いずれを取ってみても、実はいろいろな工夫や方法が存在しており、特に進行癌の患者さんに関しては関連各科と1例1例検討をしながらベストと考えられる治療を提供しています。
 以下に参考として当院にて切除不能肝細胞癌に対してレンバチニブ(レンビマ)投与後に根治切除へコンバージョンできた症例の最新の成績を示します。一定期間の腫瘍の振る舞いとレスポンスを確認の後、根治的切除ができた症例では比較的良好な予後が期待できる可能性が示唆されています(Shindoh J, Ann Surg Oncol 2021)。