「切除できるかどうか」と「切除してもよいかどうか」は別に考えなくてはいけません。例えば腫瘍が大きすぎて技術的に切除が不可能なものは抗がん剤で小さくする、数が多すぎるものは2回に分けて切除するなどさまざまな工夫でクリアできる可能性がありますが、進行したケースほど「切除の意義が本当にあるかどうか」の見極めが重要です。Q29で触れたように「転移巣の数」は予後に最も強く影響する因子です。経験的に肝転移が4個を超えているものは他にも微小転移が存在する可能性が高いため、そのまま手術するのではなく、しばらく抗がん剤治療でがんの振る舞いを見た上で、切除の可否を判断します。手術の適応は施設や医師によって異なりますので、10個、20個あるようなケースはあまり手術してもらえないかもしれませんが、私の経験上、転移個数が10個を超えていても最終的に治癒に至る症例は存在しています。転移巣の数が多くなるともちろん根治の可能性は低くなりますが、進行大腸癌の現在の治療のスタンダードは、集学的治療により根治もしくは長期生存の可能性を追求することであり、肝転移の治療の成否はそこに肝臓外科医が関わるかどうかで大きく異なります。
大腸癌肝転移の根治を企図するためにはまず、適切な画像検査により、数mmまでの小さいものも含めてなるべく転移巣の数を見極めることが大切です。造影剤を使用しない画像検査はコントラストが付かず腫瘍の検出能が悪いため、造影の画像検査は必須です。一般的には広範囲を短時間で撮影でき、コストも比較的安い造影CT検査が多く用いられますが、生活習慣や化学療法の影響による脂肪肝の程度が強い症例では造影CTでもコントラストがあまりつかず、腫瘍がはっきり見えないケースが存在します。図9は同じ症例の造影CTとEOB造影MRIの画像を同じレベルのスライスで示したものです。呼吸のタイミングや撮像方法の違いによりやや違う形にも見えますが、これらは肝臓の同じ位置のスライス画像と考えて差し支えありません。左側の造影CT画像では強い脂肪肝の存在により、肝臓自体が暗く映るため、肝臓の中に本来黒く抜けて見える腫瘍がはっきりと見えません。しかし右側のEOB造影MRI画像を見てみると多数の腫瘍結節が明瞭にみられます。造影CTでは転移巣は12~13個かと当初予想していましたが、EOB造影MRIで見てみると実は転移巣が43個存在していることがわかりました。そのためこのケースはこの時点で手術へは行かず、化学療法でしばらく治療を行った後、2回に分けて腫瘍の切除を行い、最終的に完全切除を達成しています。このように適切な治療戦略の検討のためにはまず、腫瘍がどこに何個存在するのかの正確な診断が必須となります。

腫瘍がどこに何個あるかがはっきりしたところで次に必要となるのは、術前化学療法による手術の意義の見極めです。肝転移はStage IVだから何らかの形で化学療法を行ったほうが予後は良いだろうという考え方は世界共通ですが、「切除を念頭においた」術前治療の意義は腫瘍を小さくすることではありません(注:切除ができないケースでは図1の如く腫瘍の縮小とその維持が治療の目標になります)。手術を念頭に術前治療を受けられる方の中には切除の意義がある方と、切除がむしろ害となる方の双方が混在しています。大腸癌肝転移に対する術前治療の最大の目的は、手術の効果がどのくらい見込めるのか、根治に結びつけられる可能性がどのくらいあるのかという「見極め」であり、癌にどれだけ抗癌剤を効かせるかということではありません。ですから基本的には2-3か月の「短期」の抗がん剤治療で一度判断を行います。
大腸癌肝転移に対する切除の根治性を担保するものは「時間」です。図10にイメージを示します。大きな腫瘍が化学療法でたとえ小さくなったとしても、化学療法中に他にも新しい腫瘍が1つ、2つと表れてくるようなケースはこれ以外にも見えていない腫瘍が潜んでいる可能性がありますので、癌の広がりの見極めができているとはいえず、そのまま手術に行くのは望ましくありません。一方、多発の腫瘍で、化学療法中に腫瘍が小さくならなくても、「数が増えない」というのは非常に大切な情報です。化学療法中あるいは原発巣切除後から一定期間の経過をみながら、数が増えてこなければ、その観察期間が長ければ長いほど、見えている腫瘍の切除で根治が得られる(=他に潜在病変が存在しない)確率は上がっていきます。化学療法をやっている中でサイズがどんどん大きくなってくる腫瘍は悪性度が高いと予想されますので、そのまま手術にいくかどうかは状況により検討はしますが、我々肝臓外科医がみているポイントというのは極論を言えば、「腫瘍の数が増えないかどうか(=潜在病変が目に見える大きさになってこないかどうか)」であって、化学療法を必要とするのはあくまで腫瘍の進行をおさえながら、なるべく腫瘍の振る舞いを観察できる時間を延ばすという点にあります。したがって、術前化学療法中にサイズが多少大きくなろうとも数が増えなければ切除を行います。

患者さんにも医師向けの教育講演でもよくいうことは、「初診でその人の運命は分からない」とういことです。図11に一例を示します。この方は直腸癌で手術が予定され、術前の検査で肝臓にあった影(真ん中の黒い結節状の部分)は良性腫瘍と判断されていました(左上)。しかし、直腸手術(原発巣切除)2か月後のCTで急速に増大する腫瘤として肝転移が診断され、私のところへ紹介が来ました(右上)。この時点では肝臓に血液が入ってくる肝門部、血液の流出路である肝静脈が3本とも癌の浸潤を受けていましたので、切除は不可能と判断し、抗がん剤治療を開始してもらっています。しかし、初めに使用してもらった抗がん剤は全く効かず、4サイクル後のCTでは腫瘍がさらに巨大になってしまいました(右下)。腫瘍の振る舞いからこれは悪性度が高いタイプで、残念ながらもう手術の可能性はないだろうとこの時点では予想しましたが、違う薬剤に変えて抗がん剤治療をさらに行ったところ、腫瘍の著明な縮小が得られ(左下)、肉眼的根治切除に至っています。本書執筆時において切除から3年6か月経過していますが、現在再発なくお元気にされています(※現在5年9ヶ月時点で無再発生存され治癒と判断されています)。進行癌で切除ができないと判断されても、初見で運命を決めつけてはいけないことがよくわかる例であると思います。
